
桂二葉
ー新進気鋭の女性若手落語家、
男性中心の落語界で快挙ー
2021年 12月9日
M.W.ショアーズ シドニー大学日本研究准教授(訳 ソン・ヨンスク)
落語は日本における伝統芸能の中でも、控えめな芸だと言える。落語家はたった一人で高座に上がり、着物を着て、座布団に座り噺を聴かせる。2、30分ほどの噺の間、落語家はあらゆる登場人物を演じ、扇子と手ぬぐいをある時は筆に、ある時は熱々の焼き芋に見立てて噺に添えるのである。
落語は英語の「スタンダップコメディ」をもじって「シットダウンコメディ」、すなわち「座って行うコメディ」と欧米では表現されることがある。しかし、欧米に伝わる「コメディ」と、実際の落語とは似て非なるものである。落語は大阪と東京を拠点とし伝承されてきた話芸で、その歴史は150年前、さらにその前身は数百年前まで遡ると言われている。
現在、落語を生業としている人は約850名いると言われており、その数は未だかつてないほど多い。落語家は古来の歴史と文化を継承する語り手であるが、寄席以外のラジオやテレビで活躍している人もいる。だが、落語は昔からずっと男性の芸とされてきた。女性落語家の第一人者である露の都が落語界に登場したのは1974年だが、それから今日に至るまで女性落語家が占める割合はわずか7%に過ぎないのである。
ある若手の修行
しかし、1980年代を境に少しずつ女性落語家の存在が認知され始めてきた。
そして2000年代に入ると落語家、特に女性の落語家が少しずつ増えてきた。その背景として落語をテーマにした書籍や映画、ドラマが目立ち始めたことも挙げられる。ドラマ『ちりとてちん』や映画『落語娘』では、過酷な落語修行で奮闘する女性の姿が描かれている。
「失われた二十年」と言われるこの時期、将来に不安を抱えた若者がこのような作品を通して落語の世界に魅力を感じたとも言えよう。
20代前半だった西井史(にしい ふみ)は、ある日テレビで有名な落語家を見て、その高座を聴きに寄席に行った。その時は落語について何も知らなかったが、落語を聴いているうちに自分が落語家として高座に上がり、お客を笑わせたいと思うようになった。
師匠である桂米二が西井の弟子入りを承諾したのは2011年、西井が24歳の時のことだった。師匠は高座名として桂二葉と命名した。桂二葉にとって落語家は理想的な職業に思えた。なぜなら堂々とアホなことができるからである。
「子どもの頃は、全く人と喋らずおとなしかったんです。先生に怒られても堂々と廊下を走ったり、アホになれる男の子をうらやましく思っていました。」
しかし、男性は「アホ」が許されても、女性が「アホなこと」をすると日本社会では受け入れられないという風潮を感じていた。
「アホな女があまり認められていない感じがします。男の人は割とアホが通るんです。」
桂二葉にとって落語とは、自分を解放し自分らしさを表現できる手段ではないだろうか。一方で過去数十年の間、女性も高座に上がっていたとは言え、なかなか「本当の落語家」として見られることはなかったということも桂二葉は見逃していない。
男性中心の世界
男性のものだとされてきた落語界において、桂二葉は男女の枠を超え、ただ「落語家」になりたかったのではないだろうか。女性最初の落語家である露の都も一門に女性を受け入れ育てている。二葉はあえて「女流落語家」というラベルから離れたかったのかもしれない。

写真提供:桂二葉 転載禁止
桂米二に弟子入りした修行時代から現在まで、桂二葉は数々の試練に直面してきた。落語家を志す者は長い噺を覚えるため常に記憶力との戦いである。だが、それ以上の試練は男性中心の落語界では、女性が落語を演じることが痛々しく捉えられたことである。ある人は、女性は落語をすべきではないと隠さず伝えてきた。それでも二葉は諦めたくなかった。
落語家として成功し、そのキャリアを積む上で様々なステップが考えられる。例えば、テレビで放映される落語コンテストでの優勝や受章などである。
二葉は落語家として認めてもらいたいという思いから、落語コンテストに挑戦してきた。昨年は若手落語家の登竜門であるNHK新人落語大賞で決勝に進み、そして今年は古典落語「天狗刺し」で107名の中から映えある大賞に選ばれたのである。
女性が大賞を受賞したのは、50年の歴史で初めてである。
落語界に吹く新しい風
桂二葉は、今「落語界の新たなホープ」と言われている。
審査員から満点を獲得しての完勝は、まさに快挙である。それはニューヨーク・タイムズが数日にわたって桂二葉にインタビューしていることからもわかるであろう。また、大阪唯一の寄席、天満天神繁昌亭では今回の大賞受賞を記念し、1月31日から1週間、桂二葉の落語会を予定している。
桂二葉の落語は、男性の登場人物を女性に変えたり、内容を変えたりしない。「男の人と演り方を変えずに受賞できたので、それがやっぱり嬉しかったです。」
女性が古典落語を演じることはできないと言われ続けてきた。それは桂二葉にとって、かえって原動力となった。今回の桂二葉の受賞が、落語に対する偏った見方に変化をもたらしたことは間違いないであろう。
女性に対する偏見を覆すきっかけが作れて嬉しいと桂二葉は言う。そして「女に落語はできない」と言った人たちには、「どうや、見たか。ざまあみろ!」
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